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静岡家庭裁判所沼津支部 昭和62年(家)552号 審判 1990年1月31日

主文

別紙目録記載の各遺産を次のとおり分割する。

申立人は別紙目録記載の各遺産の2分の1の共有持分、相手方川畑孝夫は右各遺産の4分の1の共有持分、相手方長井明子は右各遺産の4分の1の共有持分をそれぞれ取得する。

理由

一  本件記録、当庁昭和61年〔家イ〕第323号事件、昭和62年〔家〕第920号事件の各記録及び本件記録中の家庭裁判所調査官作成の各調査報告書によれば、次のとおり認定、判断できる。

1  (相続人の範囲) 被相続人川畑義太郎は、昭和57年7月25日最後の住所地において死亡し、相続が開始した。その相続人は、妻である申立人川畑かよ(明治42年11月24日生以下単に「申立人」という。)、義太郎と申立人との間の子である相手方川畑孝夫(昭和9年7月15日生以下単に「相手方孝夫」という。)及び長井明子(昭和18年4月20日生以下単に「相手方明子」という。)の三名である。

2  (遺産の範囲) 被相続人の遺産は別紙遺産目録記載のとおりである。右目録記載(1)の建物(以下「本件建物」という。)は、昭和42、3年ころそれまであった建物を壊して新たに建てたもので、一階に店舗、玄関、勝手、風呂場、居間があり、二階にそれぞれ8畳、6畳、4.5畳の三室があり、三階には物置がある。本件建物は相手方孝夫が占有している。その敷地およそ38坪は、昭和23年ころ被相続人と申立人が、建て替える前にあった建物と同時に購入したものであり、これらの費用を右両名が負担した事情により、両名の間で、敷地については申立人の所有とすることに合意したものであり、現に申立人が所有する。別紙遺産目録記載(2)及び(3)の各土地はいずれも被相続人が家督相続により取得したものであり、現在荒れ地となっている。沼津市の市街地にある本件建物の敷地に比し、右目録記載(2)及び(3)の各主地が極めて低廉である(当裁判所に顕著な事実)。右目録記載(4)の墓地は、昭和46年ころ購入したものであり、現在使用されていない。

3  (特別受益) 相続人のうち被相続人から特別受益を得た者はない。なお本件建物の敷地は、前記のとおり申立人夫婦の合意により申立人の所有となったものであるが、5の項に記載のとおり、申立人も家業に従事しており、相応の寄与をしていたと認められるのであるから、一応これを申立人の固有財産と認めるのが相当である。

4  (寄与分) 相手方孝夫は、事件受理直後に当庁が行った照会に対して、自己及び妻が無償で家業に従事したから遺産の維持、増加に寄与がある旨を回答したものの、調査の過程を通じて寄与の内容、方法、程度などを具体的に主張することはなかったし、審問のための二度の呼び出しにも応じない。その他寄与分の主張をする相続人はない。

5  (各相続人の生活状況) 申立人は、被相続人とともに金網製品(篩など)製造販売業に従事し、自らも行商に回るなど身を粉にして働いた。申立人夫婦は、昭和44年8月29日に相手方孝夫が妻春美と結婚したのを機会に、家業の実権を相手方孝夫夫婦に譲った。申立人は、現在月額およそ3万円の国民年金を受給し、上記のとおり、春美との折り合いが悪く、相手方明子方に同居し、同女の世話を受けている。相手方孝夫は、結婚する前から本件建物に両親と同居し、家業の手伝いをしており、現在は本件建物内の店舗で金網製造販売の営業の主体となり生計を立てている。夫婦の間に長女美佐子(昭和45年10月20日生)がある。相手方明子は、会社勤めの夫との間に長女(昭和45年2月24日生)があり、申立人を含め4人の生活であり、家は二階建で45坪位あり部屋数は5室のほかにダイニングルームがある。明子の夫は当面申立人を同居させることに同意している。

6  (紛争の経緯) 申立人は、被相続人死亡後、相手方孝夫夫婦、とりわけ孝夫の妻と折り合いが悪くなり、本件に先立って、本件相手方孝夫に対して、申立人が相手方孝夫及びその妻から精神的に虐待され、同居に堪えないから、別居することとし、その際現に居住の用に供する本件建物が双方の共有であり、その敷地は申立人の所有であるから、権利関係の確定をしたうえで、適宜処分し、独居生活の資金に充てたいから、相応の調停を求める、との親族間紛争の調停(昭和61年〔家イ〕第323号)を申し立てた。この事件は2回の期日を経て、昭和61年12月5日取下げにより終了した。申立人は、同年8月頃から相手方明子方に同居し、改めて相手方孝夫に対して扶養料請求の審判(昭和62年〔家イ〕第920号)を申し立てた。これに対して当裁判所は、平成元年1月30日、相手方孝夫は申立人に対し毎月2万7060円の割合による扶養料並びに過去の扶養料として48万7080円を支払え、との審判をし、この審判は同年2月15日確定した。しかし現在までのところ、審判で命ぜられた過去の扶養料の支払いはなく、毎月の支払いも滞りがちである。

7  (分割方法についての相続人の希望) 申立人は、本件建物を単独で取得したいとの希望をもっているが、もしそれが叶わない場合には、共有持分の取得でも止むを得ないと考え、相手方明子は、申立人の希望を尊重するとの意見である。相手方孝夫は、現に使用中の本件建物の取得を希望しその余の遺産については取得の希望はない。

二  以上の事実関係に基づいて、遺産分割の方法について検討する。

先ず、本件建物については、申立人及び相手方孝夫とも自己に取得させるべきことを主張している。相手方孝夫の主張は、同人が出生後これまで本件建物を生活の本拠としてきたうえ、被相続人の仕事を手伝った事情もあり、現に生活の本拠として利用しているという点で、その居住の利益は充分保護されるべき理由があるといえる。申立人が本件建物の取得を強く望み、かつ敷地を所有しているという事情のもとで利用関係の安定をはかるためには、敷地利用権の確定が不可欠であるが、この点は、本件建物が建築された事情から、申立人においてその敷地の利用を容認していたと認めることができないではないから、本件建物建築に際して使用借権が設定され、これも遺産を構成する財産であると考えることもできる。しかしそうなると、本件建物とその敷地利用権の価格は相当に高額となることが推定され、遺産のうち他の不動産をもって申立人及び相手方明子の相続分を満たすことは困難であると考えられる。また代償金の支払いについては、相手方孝夫の収入が把握できず、かつ確定した審判に基づく多額とはいえない扶養料の支払いも滞りがちであることから、その条件は満たされないと考えるほかない。他方、本件建物を申立人に帰属させるとすれば、敷地所有権との関係で将来に紛争を残さないという利点があるが、他の相続人に取得させるべき遺産の有無、代償金支払能力の有無について、先と同じ問題が生ずるほか、相手方孝夫の生活の場を一時的にせよ奪う結果となり、望ましい解決とはいえない。

以上のとおり、本件建物をいずれか一人の相続人に取得させることは、困難であり、かつ他の相続人の強い不満のもととなる。無論本件建物の構造を考慮すると、現物分割が不可能であることは明らかである。

ところで相手方明子は、申立人の希望に沿う解決を望むほか、特に取得を希望する遺産はないとの意向である。そうだとすると、この段階では相手方孝夫の本件建物利用の現状に介入せず、申立人に対しては、本件建物ほかの遺産について共有持分を取得させ、一応の権利関係の確定をするのが、次善の策として相当である。確かに、共有としたからといって、本件建物の構造や申立人と相手方孝夫夫婦との不仲とを考慮すると、一棟の建物を住み分けることは相当に難しいといわざるを得ず、あまり意味がないことのようにも考えられるが、事情の変更によって再び可能となる時期が到来するとも限らない。その場合に当事者が合理的に協議を進めるためには、申立人にも本件建物に一定の権利を取得させておくのが望ましい。(本件建物の敷地利用権の存否及び性格については、充分な資料が得られないので、敢えて判断しない。)

申立人並びに相手方孝夫についてそのように考えるとすれば、この段階で相手方明子をことさら遺産の共有者から排除しておくのは、他の相続人の代償金負担能力の有無が明らかでないから困難であり、かつその必要も小さいといわなくてはならない。

よって主文のとおり審判する。

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